どこよりも簡単な易のお勉強 1話:易ってなあに?易の歴史もね

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易とは?

易はもともと中国で生まれたもので、最初は占いの書でしたがだんだんと形を変えていきます。


易の内容をテキストにした経典(けいてん)が出来てからは、それを尊重して『易経(えききょう)と称され、占いの書物であると同時に、思想・哲学の書ともされてきました。

易経(えききょう)の経は『すじみち』とか『みち』を意味していて、人はいかに生きるべきか、国はいかにあるべきかなどの、私たちにとっての根源的な真理だったり法則などを説き明かしたものです。

中国では、この易経(えききょう)を筆頭に、『書経(しょきょう)』、『詩経(しきょう)』、『礼記(らいき)』『春秋(しゅんじゅう)』を合わせて五経と呼んで、学問の世界では最も権威のある書物として親しまれてきました。

日本では易は六世紀に渡ってきたようですが、四書五経(ししょごきょう)として、儒教の経書の中で特に重要とされてきました。

四書・・論語、大学、中庸(ちゅうよう)、孟子(もうし)

占い方の流れ

 

殷の時代では、亀朴(きぽく)方式といって、亀の甲や動物の骨を火であぶりその裂け目を見て判断していたそうです。


でも、時代の流れによって材料が手に入らないこともあって、次に植物の枝、そして竹へと変化していったそうです。

今では、サイコロや易カードなどでも占えるようになりました。

易を作った人はだれ?

易が生まれた中国では、この易を作った人としてこの三人の名を挙げています。
一人は、伝説上の帝王伏犠(ふっき)、もう一人は周王朝を開いた文王(ぶんのう)、そして孔子です。


でも、これは易の誕生にストーリー性を持たせるための創作のようです。


このように易は周の時代に大きく広まり、今に至るのですが易経には占いの側面と、哲学や思想などの全く違う側面があって、つまりどっちからも価値があると認められたということですね。

ただ、占い好きの人と哲学を語る人が水と油のように、占いだと主張する人は占筮派(せんぜいは)として未来の予測などを主に行い、哲学だと主張する人は義理派として真理を追究していきます。両者はお互いを主張しながら時代の流れや流行り廃りなどを繰り返しながら今に至ります。

まとめ

だから易は占いから始まって思想や哲学としても受け入れられて現在に至るということです。

つまり、易というのは『当たる、ハズレる』などのただの占いだけでなく、占う人の深層心理やどう生きるべきかといった根源的な問いに対する答えも持っていてそれを古代の賢者から教えてもらう役割もあると言えるのでしょう。

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